自分で商品を選んでレジで購入する―いわゆる「セルフサービス」による販売は、日本の小売業を大きく進化させた。セルフサービスの反対語は「フルサービス」になるが、今ではこのフルサービス形式の店舗は、高額商品を扱う専門店に限定されている。酒類専門店のように、高級ワインやウイスキーは鍵付きケースで展示し、自由に持ち出せないようにしている店舗もある。スーパーマーケットの酒類売場でも「店格」を上げるために、値段の張るウイスキーなどを鍵付きケースで販売する店舗が増える傾向にある。
ところで日本の小売業が本格的に「セルフサービス」になったのは、今からおよそ50年ほど前のこと。若い世代は「セルフサービス」以前と以後の違いはわからないだろうが、その変化をリアルタイムで経験したものにとって、自分で商品を選べる店舗は画期的だった。それを主導したのは、業態としてはスーパーマーケットであり、東京・青山の紀ノ國屋など日本のSM1号店を標榜する店舗は、全国各地にかなりある。
セルフサービス以前の街のお菓子屋では、新しいチョコレートが販売されても、商品を手に取ってみることは出来なかった。それに対して、約50年前から急増したセルフサービス形式のスーパーマーケットでは、自由に新製品を見ることができたから、それだけでも興奮もの。子どもにしてみれば、お小遣いは限られているから、お菓子をポンポン買えるわけではないが、手に取って見ることができるだけで、夢が膨らんだものだ。
生鮮食品ではもっと現実的な問題があった。例えば精肉の対面販売では、牛肉スライスは上のほうこそ赤身だが、下のほうは脂身が多く、帰って牛肉の包みを開けてみると脂身ばかりというのが「お約束」だった。今でも牛肉のパック商品の下のほうは脂身が多いが、セルフサービスであれば、なんとなくその程度を確認できる。これは肉だけではなく鮮魚、青果でも同じだ。つまり「セルフサービス」は、その販売手法そのものが、お客さまにその店舗の品質の確かさと、楽しさを提供する「リテールテインメント」なのである。
また小売業にとっても「セルフサービス」はメリットが大きかった。その最大のポイントは人件費が削減できたこと。フルサービスの店舗運営であれば、従業員1人が見ることができる売場面積は限られるため、その業種は宝飾品や高級衣料品、食品では鮮魚や精肉などの高額商品、菓子の銘店などに限られる。そうでなくても日本の小売業の利益率は低いので、もし販売技術として「セルフサービス」を導入していなければ、チェーンストアは成立していないし、仮にいくつかのチェーンが成立したとしても、日本経済を動かすほどのパワーは持ち得なかったはずだ。