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クラフト日本酒

今でも国酒ではあるが、日本酒の醸造量は減少を続けている。日本酒造組合中央会によると、日本酒の国内出荷量は、2008年―2016年で18,1%ダウンの54万KLとなっている。また日本酒メーカーの総売上高は、同じ9年間に4,3%ダウンの4416億円だった。より長期的に見ると日本酒の国内出荷量は、1998年の113万3000KLが2017年の53万3000KLへと53%もダウンしている。つまりこの20年で半分以下になってしまったのだ。

この要因としては、日本酒のヘビーユーザーのよりいっそうの高齢化や施設への入居、死亡などが影響している。具体的にいえば、30年前後前に、当時のヘビーユーザーを対象に開発したマイルドパック日本酒の販売ボリュームがダウンしたのだ。つまりマイルドパックの後継ユーザーを育てられなかったことが、日本酒の市場ボリュームの縮小になったのだ。

そういう意味でいうと、日本酒がどこかで下げ止まりになり、年間生産量50万KLから、反転して微増状態になるためには、現在40~60代のすでに熟年に達している層を、ユーザー開拓するしかない。その場合、注意しなければならないのは、いま主力商品となっている各社のマイルドパックでは、新規のユーザ―開発はできないということである。

手づくりのクラフト日本酒が市場を開拓する

では日本酒の次の時代を切り開くのは、どのような商品だろうか。それはビールでよくいわれるようになった「クラフトビール」と同様、多様で個性的な日本酒=クラフト日本酒ではなかろうか。そもそも日本酒は、蔵元の旦那衆が、杜氏と蔵人を季節労働者として雇用し、醸造したクラフトマンシップに則ったお酒だった。
それが大きく変わったのは前出のマイルドパックからだ。マイルドパックブランドでは、それまでとはケタ違いの原酒が必要になり、大手日本酒メーカーは急速に装置産業化していった。あるいは地方の蔵の樽買いを増やしていった。その結果、現在灘や伏見の大手メーカーの工場周りには、ステンレスタンクが林立し、味気ない風景になっている。
日本酒メーカーの現在の苦境を脱するのは、それほど簡単なことではない。一朝一夕に行かないことも間違いない。地方の蔵元はサッカーの中田英寿をプロデュ―サーにして「クラフト酒フェア」のような取り組みを始めている。地方の蔵では、東京農業大学醸造学科を卒業した蔵元が杜氏を兼ね、新しい日本酒の「物語」を紡ぎ始めている。
灘・伏見の大手日本酒メーカーも、現在の苦境を乗り切るためには、マイルドパックの落ち込みを、それに代わるビッグブランドでカバーするといったイージーな道を取るのではなく、柱となる「クラフト日本酒」をいくつか開発し、それで日本酒ファンをしっかり育成するような骨太い方向性を取りたい。

三鷹の日本酒専門店、いかり屋の店頭